銘苅先生が亡くなられてから、ずいぶんとご無沙汰していた銘苅三線を某フリマにて久々に手に入れました。
銘はないので、確証という意味ではまだなかったりしますが、今まで数十本と銘苅三線を保有、見てきたなかでは間違いないと思ってます。
ああ、銘苅先生の知念大工久しぶりに見たな、ととてもなつかし気持ちになりました。
平成2年7月21日作のようなので、1990年ということで35、6年前の作ですか。晩年のものよりやや太めな気もします。
材質はユシギ。芯に書かれた年号、寄贈先銘、所有者銘は銘苅先生じゃなくご本人が書いたのかな、と推測される文字です。
昔のものだから銘がないというのもありますが、私が通っていた10年以上前でも併記で名前書かないのはゴロゴロあったイメージで、ご本人に何度か聞きましたが、業者の手に渡るもの(転売されるもの)はあんまり書かないと言われてました。だからといって手を抜いてるわけでは決してなく、誰宛のものになるかわからないから、とのこと。
チーガの内部はメカルとカタカナで書かれてました。
銘苅先生は基本的に棹しか作らない。胴も含めて全てやるのは、相当本人が自信を持って作った一本だ!なんてどこかのブログだかフリマで見たことがありますが、存命中にそんなことはない。三線制作頼む三線屋がいない時は受けてるよ。業者から仕入れた胴をつけてるよ、なんて言ってました。
確かに工房にはいくつか胴が転がってましたね。懐かしい。
これを購入した時に、銘苅先生の知念大工は数が少ないから希少と売却主の形にメッセージで聞きましたが、そんなことはないはずです。真壁と同じぐらい知念大工は作ってきたと銘苅先生自身も言ってましたし、過去に5~6本手にしていて、滅多にない類のものではないです。
数が少ないという意味では、久場春殿や曲い真壁は少ないとは言ってましたね。数が少ないから希少ではあるものの、単純に製作を依頼する人の数が少なかったっていう結果のようです。
みなさん原木を持ち込まれ、⚪︎⚪︎型でお願いしますと依頼するので。